日本初開催となるアジアパラ競技大会が開幕しました。

音の鳴るボールを投げて得点を競う「ゴールボール」。視覚障害のある選手が鈴の音を頼りに戦うことから“静寂の中の格闘技”ともいわれます。全員が目隠し(アイシェード)をして、全く見えない状態でプレーし、重さは約1.25キロのボールを使い、選手はボールの鈴の音や、相手選手の足音、床の振動などを頼りにプレーします。

日本代表の1人、岐阜県可児市出身の永野陽希選手(23)。現在は関東のクラブチームに所属しています。
記者:「腕とかムキムキですね」
永野陽希選手:
「脂肪がついて、見た目だけ大きくなって、まず見かけ倒しから入る。やっぱり最後は腕なので」
持ち味はパワーを生かした得点力。チームでは期待の新星です。

ゴールボールと出会ったきっかけは中学生の頃。顧問の橋詰伸明さんが、陸上部で砲丸投げをしていた永野選手をゴールボールに導きました。
砲丸投げで鍛えられた永野選手のシュート力。すぐに頭角を現したといいます。
ゴールボール部顧問・橋詰伸明さん:
「彼は本当にポジティブで、冗談っぽくおだてても、どんどん調子に乗ってくれるので、一緒にいると、こっちも明るくなれる」

昔から“超ポジティブ”という永野選手の性格。常に“前を向く”考え方は両親も驚くほどです。
永野選手の父親・浩幸さん:
「病名を聞き、治らないと聞いて、(夫婦)2人で号泣したのを覚えている」
中学2年生の頃、病院で視力は戻らないと告げられた、その帰り道。立ち寄ったお店で当の本人は…。
永野選手の母親・扶美恵さん:
「かぶり物をかぶって、『かわいくね?』と言っている写真。この1・2時間前に『治りません』と言われた」
難病をあっさり受け入れ、それ以来、一度も落ち込んだ様子を見せなかったといいます。
永野選手の母親・扶美恵さん:
「あまりにも本人が平気すぎて、「親が心配していたとも思っていなかった」と。本当に心配していたんですけど…、ちょっと変わっていますね」

当時の心境について、永野選手本人は。
永野陽希選手:
「病院をちゃっちゃと終わらせて、早く部活に戻りたいみたいな。“目治らない”、OKわかった次! という感じだった」

いま永野選手をそばで支えるのは2年前から交際しているつぐみさん。
料理を作ったり、細かい文字を読んだりと手助けすることはありますが、できることは頼らずやるのが2人で決めたこと。
永野陽希選手:
「本人も前に言っていたが、『助けるために一緒にいるわけじゃないから』とむやみやたらにお願いせず、いけるところは自分でやって、無理だなというところはお願いして、あんばいを見てやっています」

パリパラリンピックでは金メダルを獲得した日本代表。永野選手の武器は。
永野選手と同じクラブチーム 武田賢太 選手:
「ここぞというところで、永野は決めてくれる。チームメートとして心強い」
ゴールボール男子日本代表 行弘敬祐 選手:
「どう考えてもムードメーカー。彼の調子が良ければチーム全体が良くなる。チームにいい影響を与える人柄が一番の彼の良さ」
記者:「褒められていますけど」
永野陽希選手:「まんざらでもないですね」
初めての大きな国際大会。実力を見せつける舞台にしたいと語ります。
永野陽希選手:
「永野がチームにいれば勝てると自他共に認められる信頼を今回の大会で勝ち得る。いままでの自分とは違う、殻を1枚破ったんだぞという“超える”というところを見せたいなと思います」

そして迎えたアジアパラ大会。17日の豊橋市総合体育館で行われた初戦・カタール戦。背番号6、永野選手は前半途中から出場し、後半開始早々得点を決めます。その後も追加点を決めた永野選手。
味方選手も次々とゴールを決め、10点差のコールドゲームでカタールを下しました。
金メダル獲得へ。前だけを向いて戦い抜きます。


