26日、三重県松阪市の小学校で大量にばらまかれたのは…お菓子。


「はいどうぞ!」
学校でこんなイベントを開いていた「ワケ」、この小学校は今年度限りで「閉校」となるのです。

77歳:「これが最後やでな。さみしいわ」
今年卒業した6年生:「150周年も続いたのが、終わってしまうのが悲しいです」
1875年に開校した松ケ崎小学校。
50年前には200人以上の児童がいましたが、今年度は卒業した6年生を含めて27人。少子化の波に飲まれ、150年続いたその歴史に幕を下ろします。
閉校式には卒業生たちも参加 並べられた卒業アルバムを見て…


卒業生(60):
「自分の小学生のころ、残っているのを見つけました」
「これですねもう面影がないですけど、うーんなつかしいですね」
卒業生(77):
「写真見るとこんなことあったなと思い出すな」
「しょっちゅう怒られた。忘れ物して廊下立たされて楽しかったな当時は」
校歌を歌うのもこれが最後。大人も子どももみんなで大合唱しました。
児童たちは4月から隣の地区にある小学校に通います。

最後はバルーン飛ばし。
忘れられない思い出になりました。

岐阜県恵那市明智町でも、最後のとき。
先週21日、明智中学校に町の人口の半分以上が集まりました。
今年度で閉校するこの中学校、恵那市南部の各町にあった5つの中学校が統合され4月から1つに。統合先である山岡中学校は、増築され、新しく恵那南中学校になります。

閉校は寂しいけど…

”閉校は寂しいけど、思い出の詰まった場所でもう一度みんなと笑顔で過ごしたい”
そこで、卒業生や地域の人たちが開校78年で初の学園祭を開催!
無料で振る舞われたのは、ミートソースのソフト麺に揚げパン、ミルメーク牛乳など懐かしの給食。
20代:「全部食べてたメニューです」
20代:「よくおかわりしてましたじゃんけんして」
ただ、人によっては・・・
50代:「牛乳も瓶だったしね」

70代「くじらの竜田揚げとか」「今貴重だよね」「おいしかったね」
給食1つで、思い出話に花が咲きます。
80代の女性は。
80代:「あの校歌は 私が中学のときにできた。私がピアノひいて合唱団でみんなで」
校舎の中では、あちこちで卒業生と恩師が再会。約30年ぶりに、恩師による授業まで行われました。
でも、寂しい部分もあるようで…。
40代:「クラスの数が減ってて、自分のクラス探したんですけどなかった」
それもそのはず。多いときは全校で479人と各学年4クラスありましたが、その数はどんどん減っていき、今年度は全校生徒87人と各学年1クラス。
学園祭の2日前に行われた修了式の後、2年生が黒板に書いた寄せ書きには、12年の文字がありました。
ずっと同じ空間で過ごしてきた今の中学生たち。しかし、4月からは1学年4クラスと大所帯、友達とクラスが違う可能性があります。
それでも、迫り来る統合にドキドキしながらも前を向いていました。

図書室では、歴代の卒業アルバムが並べられました。
アルバムをのぞく2人は親子、同じ明智中学校に通いました。
中学2年生:「親と学校のことについて話せる時間ができて、すごくよかったと思います」
学園祭開始から6時間。夕暮れとともにたき火に火がともされ、最後のときが近づきます。
実行委員長:
「明智中学校は閉校しました。しかし歴史と授業は永遠に不滅です」

最後は、明智町の夏の風物詩「尺玉花火」で締めくくり。
50代:「最後の花火がきれいで感極まって…来られてよかったです」
19歳:「こんだけ集まるってことはそれだけ中学校が愛されてたということなので、僕はめちゃめちゃうれしいです」


